特集「阪神・淡路大震災から20年 その4 その教訓とその後の対応」 特集「阪神・淡路大震災から20年 その2 私の体験、私の意見」(続)

No. 445 2015/2月号
特集「阪神・淡路大震災から20年 その4 その教訓とその後の対応」
特集「阪神・淡路大震災から20年 その2 私の体験、私の意見」(続)
 
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◆防災随想

◇防災と地域連携/須藤俊彦(日建設計総合研究所)(1ページ)

◆特集「阪神・淡路大震災から20年 その4 その教訓とその後の対応」

耐震設計・耐震基準

◇地震荷重・地震動想定と工学的判断/久田嘉章(工学院大学建築学部まちづくり学科)(4ページ)

1995年阪神・淡路大震災では都市近傍の活断層による地震動の破壊力を学び、2011年東日本大震災では想定を超える超巨大地震や巨大津波の発生と、それによる過酷事象への対策の不備が大きな教訓となった。このため、国・自治体では、今後想定すべき南海トラフや相模トラフの超巨大地震、首都直下地震、活断層帯などの大地震を対象とし、想定外の過酷事象へ対応するため、最大級地震による最悪条件下での強震動や津波などによる被害想定を次々に公開している。これらの地震の発生の可能性が極めて低いものの、従来の設計荷重を凌駕する非常に大きな地震動を示す場合があり、建築分野でも対応に迫られている。

◇阪神・淡路大震災から20年 鉄筋コンクリート造建築物の耐震設計の歩み/ 楠 浩一(東京大学地震研究所准教授)(5ページ)

1995年1月17日、当時博士課程一年生の私は、たまたま遊びに来ていた兵庫県高砂市の出身高校の理科の先生と一緒に、中野のアパートで就寝中だった。早朝6時過ぎ、当時千葉に住んでいた姉から、大阪の両親と連絡が取れないという電話でたたき起こされた。「まだ寝てるんじゃないの」という寝ぼけた返答に、「おきてテレビをつけろ!」と怒鳴られて、何が起こったのかがやっと分かった。だが、その時に流れていたニュースは、まだまだ断片的で、死者数も殆ど出ていなかったと記憶している。その日から、被災地に調査に入り、のべ40日ほど現地で、日本建築学会 地震被害調査団の一員として調査を実施した。

◇鉄骨梁端溶接部の脆性的破断防止対策/原田幸博(千葉大学大学院工学研究科)(6ページ)

鉄骨造建物における梁端溶接接合部の脆性的破断現象は、米国でのノースリッジ地震や我が国での兵庫県南部地震において初めて観察された(詳しくは、先々月号の本誌特集を参照されたい)。ここで、「脆性的」とは、鉄骨部材を構成する鋼材が本来持つ粘り強さを発揮することなく、ガラスが割れるのと同じように脆く壊れてしまったことを指す。大地震に対しては鋼材自身が備え持つ十分な塑性変形能力を発揮して、地震によって構造物に入力されるエネルギーを吸収することが我が国における鉄骨造建物の構造設計における大前提であるが、この脆性的破断の被害が多発したことはこの前提を揺るがすものであった。

◇木造/五十田博(京都大学生存圏研究所教授)(5ページ)

1995年兵庫県南部地震において木造住宅は甚大な被害を受けた。死者約6,400名余りのうち9割以上の方が、木造住宅の倒壊、もしくは倒れた建物の下敷きになり避難できずに火災被害、つまり、木造住宅の脆弱さゆえに命を落とされた。その後も、2004年新潟県中越地震など、木造住宅に影響を与える極大地震が発生すると、木造住宅の倒壊による人的被害が繰り返されている。そして、それらの地震被害報告書では、建物被害の原因を、基準に満たない㎡当たりの壁の量(以下、壁量)、接合部の不十分さ、構造計画の不適切さ、などと述べており、同じ原因による被害が繰り返されている。

耐震診断・耐震改修

◇阪神・淡路大震災と鉄筋コンクリート造建築物の耐震診断・耐震改修の歩み/前田匡樹(東北大学大学院工学研究科都市・建築学専攻教授)(5ページ)

1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災から20年が経った。当時筆者は、大学院を修了して横浜国立大学の助手として1年目の駆け出しの研究者生活を送っていた。神戸で生まれ二十歳まで育った故郷、両親や旧友が暮らす街を襲った大震災は、筆者にとって大変ショッキングな出来事であった。大阪に実家がある楠浩一さん(当時東大生研・岡田研の学生)と一緒にその日のうちに神戸へ向かい、約1ヶ月にわたり現地で被害調査を行った。

◇阪神・淡路大震災から始まった鉄骨造建物の耐震診断・改修/山田 哲(東京工業大学建築物理研究センター)(4ページ)

阪神・淡路大震災においては、それまで大きな地震被害を経験してこなかった鉄骨造建物において、多くの建物が倒壊しただけでなく、倒壊しなかった建物においても柱梁接合部における破断や露出型柱脚におけるアンカーボルトの破断などの大きな被害が発生した。もちろん、それまでの大きな地震においても筋交いの破断や座屈などの被害は発生していたが(写真1,2)、鉄骨造建物が普及して以降の大地震では重量鉄骨の多い大都市圏が大きな被害を受けてこなかったこともあり、比較的規模の小さなあるいは軽い建物の被害に留まり建物が倒壊するような被害には結びつかなかっただけである。

◇耐震診断法・耐震改修が木造住宅の耐震性に及ぼした影響/腰原幹雄(東京大学生産技術研究所教授)(4ページ)

1950年の建築基準法制定から、木造住宅の耐震性は、「壁量計算」と呼ばれる簡易な耐震性能評価法を用いて行われてきた。簡易な評価法とはいえ、地震被害調査、構造実験に基づいた工学的根拠を積み上げ改定を重ねてきた成果である。1995年兵庫県南部地震の甚大な被害では、木造住宅、特に新耐震以前に建設された木造住宅の耐震性能が問題視されることとなった。新築の木造住宅の耐震性能検証法である壁量計算については、想定地震力、想定建物重量、水平力の1/3を負担する非耐力壁、終局性能を考慮しない壁倍率、柱頭・柱脚接合部に対する要求性能、つり合いのよい壁配置の明確化などが、特に問題視された。

◇木造(歴史的建造物)/藤田香織(東京大学大学院工学系研究科建築学専攻准教授)(5ページ)

1995年兵庫県南部地震(以降、神戸地震)を経験するまで、重要文化財建造物等を対象とした構造的な検討は、主に小屋組等の鉛直力を対照としたものであり、地震等の水平力に対する検討は通常行われてこなかった。これは、重要文化財建造物は建築基準法第3条によりその適用除外を受けているため、構造安全性の確保に関する検討は義務づけられていないことが一因である。

◇免震建築物の動向と課題解決に向けた取り組み/飯場正紀(北海道大学大学院)(5ページ)

1995年兵庫県南部地震の発生の際、神戸市内の免震建築物で地震観測記録が得られ、免震効果が確認された。これ以前の地震においても、免震建築物の観測結果が報告されていた1),2)。1995年兵庫県南部地震では、戸建住宅の被害が大きかったこと、免震建築物の記録から免震効果が確認されたことなどの理由から、免震建築物への関心が高まり、免震建築物が建設されるきっかけとなった。

◇地震火災への認識の変化と火災安全性の確保/北後明彦(神戸大学都市安全研究センター)(5ページ)

1995年1月の阪神・淡路大震災では、従来から都市火災の研究者間では地震時の大火の危険性が指摘され、各地の自治体での地震被害予測でも火災被害の大きさが指摘される中で、しかし、一般的にはその対策の必要性が十分には浸透しない状況の中で、地震大火が発生した。

◇被災建築物応急危険度判定/高橋吉徳(一般財団法人 日本建築防災協会常務理事(全国被災建築物応急危険度判定協議会事務局))(8ページ)

地震により被災した建築物の応急危険度判定は、技術的な基準については平成3年に発行された「震災建築物等の被災度判定基準および復旧技術指針」((財)日本建築防災協会(当時。以下同))においてとりまとめられていた。しかし実際に使われる機会はあまりなかった。平成7年1月17日に発生した阪神・淡路大震災において、この基準を基に、国・地方公共団体・建築関係団体、学識経験者・建築関係技術者の献身的な協力のもと、我が国で始めて本格的に応急危険度判定が実施された。

◇大規模災害時の緊急消防援助隊の対応について/消防庁国民保護・防災部防災課広域応援室(8ページ)

阪神・淡路大震災を契機として、平成7年に緊急消防援助隊が発足し、19年が経過し、平成26年12月現在で28回出動している。特に、未曾有の被害をもたらした東日本大震災においては、消防庁長官の指示により、緊急消防援助隊として、延べ31,166隊、延べ約11万人が出動し、88日間にわたり、消火、救急、救助等の活動を効果的に展開したところである。

◇阪神・淡路大震災とハイパーレスキュー/東京消防庁(5ページ)

東京消防庁では、平成7年に発生した阪神・淡路大震災の教訓から、通常の消防力では対応が困難な災害に迅速に対処するため、特殊な技術・能力を有する隊員や装備で編成され、多数の人命を早期に救助することを目的とする消防救助機動部隊(愛称:ハイパーレスキュー)を創設した。

◇防災まちづくり/神谷秀美((株)マヌ都市建築研究所取締役)(6ページ

阪神・淡路大震災では、高速道路や建築物の倒壊、大規模市街地火災といった物的被害と、それに起因する人的被害が大量に発生した。そのため、当時のまちづくりにおいてはどちらかと言えば軽視されがちだった“防災”の重要性が再認識されたことは言うまでもない。

◆特集「阪神・淡路大震災から20年 その2 私の体験、私の意見」(続)

◇私の体験、私の意見/二木幹夫(一般財団法人ベターリビング)(2ページ)

阪神淡路大震災の発生を知ったのは、あちこちから黒煙が上がる神戸市上空からの映像を伝えるTV報道であった。震災直後の建築研究所では、緊急の調査チームが編成され、第一次の調査隊員として派遣された。当時は、新幹線が京都まで運転されており、在来線を乗り継いで、尼崎港からの船で神戸に入るルートで現地入りすることになった。乗船はしたものの、地震の影響によって港の門を開くことが出来ず、1時間ほど船内での待機が続いた。海から上陸し神戸市役所を訪れたが、被災直後の自治体との意思疎通をはかることや被災地の大混乱の中での被害調査を実施することの困難さを経験した。

◆行政ニュース

◇第3回国連防災世界会議の開催について/砺波 匡(国土交通省住宅局建築指導課 建築国際関係分析官)(3ページ)

2015年3月14日(土)から18日(水)にかけて仙台市において第3回国連防災世界会議(UN World Conference on Disaster Risk Reduction)が開催される。国連防災世界会議は、国際的な防災戦略について議論する国連主催の会議であり、第1回(1994年、於:横浜)、第2回(2005年、於:神戸)の会議とも、日本で開催されている。各国の閣僚や国際機関代表、NGOなど約5千人、全体では約4万人以上が参加する見込みである。

◇消防法施行令の一部を改正する政令等の概要/新納範久(消防庁予防課)(7ページ)

平成26年10月16日に、消防法施行令の一部を改正する政令(平成26年政令第333号。以下「改正令」という。)、消防法施行規則及び特定小規模施設における必要とされる防火安全性能を有する消防の用に供する設備等に関する省令の一部を改正する省令(平成26年総務省令第80号。以下「改正規則」という。)及び火災通報装置の基準の一部を改正する件(平成26年消防庁告示第24号。以下「火災通報装置基準告示」という。)が公布された。今回の改正は、平成25年10月に発生した福岡市有床診療所火災を踏まえ、病院、有床診療所等についてスプリンクラー設備等の設置を行わなければならない施設の範囲を拡大するとともに、消火器具、屋内消火栓設備、スプリンクラー設備、動力消防ポンプ設備及び消防機関へ通報する火災報知設備の設置及び維持に関する技術上の基準の一部改正等を行うものである。

 

 

*情報交流制度にお申し込みいただいた方には、当協会の月刊誌である「建築防災」をお配りしています。

 

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一般財団法人 日本建築防災協会 建築防災編集係

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