特集「建築防災関連用語ー似ているがここが違うーその2」
特集「東北地方太平洋沖地震体験談」

月刊「建築防災」
No. 407 2011/12月号
特集「建築防災関連用語ー似ているがここが違うーその2」「東北地方太平洋沖地震体験談」
※執筆者名の後の( )内の数字はその記事のページ数を表す。
◆ 防災随想
◇ 想定外/濱田 信義(濱田防災計画研究室)(1ページ)

 
◆ 特集「建築防災関連用語ー似ているがここが違うーその2」
◇「消火設備」「防火設備」「特定防火設備」/濱田 信義(濱田防災計画研究室)(1ページ)

 
◇「避難階段」「特別避難階段」「直通階段」「屋外階段」/濱田 信義(濱田防災計画研究室)(1ページ)
 
◇「防災センター」「防災拠点」/岡崎 健二(政策研究大学院大学教授)(2ページ)
 
◇「網入板ガラス」「線入板ガラス」/淡谷 武司(セントラル硝子(株))(2ページ)
 
◇「特殊建築物」「特定建築物」/中島 修一(ダイケンエンジニアリング(株)常務取締役)(2ページ)
 
◇「高潮」「津波」等/富沢 勝(一般財団法人 日本気象協会 気象予報士 環境カウンセラー)(5ページ)
 
◇「エアコン」「空調機」/須藤 俊彦((株)日建設計総合研究所)(2ページ)
 
◇「チラー」「冷凍機」/須藤 俊彦((株)日建設計総合研究所)(2ページ)
 
◇「災害弔慰金」「災害援護資金」「生活再建支援金」/岡崎 健二(政策研究大学院大学教授)(2ページ)
 
◆ 特集「東北地方太平洋沖地震体験談」
◇ 東北地方太平洋沖地震に被災して/井上 範夫(東北大学工学研究科)(3ページ)

 まず、東北地方太平洋沖地震で亡くなられた多くの方々のご冥福を慎んでお祈り申し上げますとともに、半年以上たった今でも避難生活を続けておられる方々にお見舞い申し上げます。 
 
◇ 仙台平野を襲った巨大津波/柴田 明徳(東北大学名誉教授)(4ページ)
 2011年東北地方太平洋沖地震による巨大津波は、青森から茨城に至る広い太平洋沿岸地域に甚大な被害をもたらした。特に、仙台平野のように出入りの少ない海岸で、このように大きな津波を予想していた人々は極めて少なかったと思う。私の住む仙台市太白区の八木山は海岸から10km余りの高台であるが、幸い大きな被害はなかった。しかし、そこから遥かに見る仙台平野の沿岸には想像を絶する光景が広がり、半年を過ぎた今も、復興の歩みは遅々として進まない。しかし、過去の様々な事実に基づいて、この大津波があることを予想し、事前に強い警告を発していた多くの方々がいた。ここでは、仙台在住の郷土史家である飯沼勇義氏と、東北大学の地質学の教授である箕浦幸治氏を紹介したい。お二人の大きな業績と強い熱意から、私たちは多くを学び、そして将来への深い示唆を得ることが出来る。 
 
◇ 311大震災を経験した(マンション、オール電化、留学生、時計)/薛 松濤(東北工業大学工学部建築学科)(3ページ)
  3月11日の大地震が襲って来た時、私は仙台市内の歯科医院にいました。2時30分に予約していたので、ちょうど地震が来る直前で、口を開けて治療を受けている最中でした。建物が揺れ出すとほぼ同時に、携帯電話の地震速報が鳴りました。 
 
◇ 大地震体験記 1978年、そして2011年/田中 礼治(東北工業大学ライフデザイン学部安心安全生活デザイン学科客員教授)(7ページ) 
  日本建築防災協会から2011年3月11日の東日本大震災の体験記を書いてもらいたいとの依頼を頂戴した。書こうと思って机に向っていたら、1978年の宮城県沖地震の後で体験記を執筆したことを思い出した。そこで、日本建築防災協会にお願いして1978年の宮城県沖地震と2011年の東日本大震災の体験を比較してみたいのだがとお願いしたところ快く承諾していただいた。この原稿はそのような経緯をもつものである。   
 
◇ 2011年東北地方太平洋沖地震の体験談/前田 匡樹(東北大学大学院都市・建築学専攻教授)(4ページ)
  2011年3月11日午後2時46分に東北地方太平洋沖を震源とする地震が発生し、東北地方から関東にかけた太平洋沿岸地域の広い範囲で、地震動、及び、津波による甚大な被害をもたらした。筆者が勤務する東北大学では建物に大きな被害が発生したことに加えて、耐震診断・耐震改修の判定委員会業務で関わってきた宮城県や福島県の建物の応急危険度・被災度区分判定や復旧支援に関わることとなった。本稿では、学術的調査結果と言うよりもむしろ、地震発生直後1ヶ月間ほどの筆者の被災地での生活も含めた活動や体験を報告させていただく。   
 
◇ 体験談に基づく津波浸水被害を受けた学校の震災時対応の実態―仙台市立荒浜小学校の事例―/源栄 正人(東北大学大学院教授)(4ページ)
  3月11日14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)で発生した大津波は、2万人におよぶ犠牲者をもたらした。津波襲来に対する避難の問題が大きくクローズアップされた。大揺れの後、大津波の到達まで、三陸沿岸部で30分、石巻湾で40分~50分、東松島市の野蒜で、ちょうど60分、仙台市では70分の時間があった。この猶予時間に対し適切な避難行動をとれば、犠牲者のほとんどは助かったと思われる。震災時の停電による津波警報の伝達の問題や、警報を聴いても避難しなかったり、過去の経験がマイナスに作用したり、さまざまな課題が指摘されてきている。筆者は、今回の震災において、地震動と建物被害の調査を行う一方、文部科学省の防災研究成果普及事業(H16-H18)や宮城県建築住宅センターの支援を受けて実施した小学校での防災教育1)を通じて交流のあった学校や町内会において震災時対応のヒアリングを行ってきている。東日本大震災の経験と今後の学校安全教育に向けた学校教育現場への提言2)や座談会での討論3)を行ってきている。緊急地震速報の学校教育現場での活用事例として仙台市立長町小学校での事例など4)を示すとともに、震災発生時における学校や地域の対応状況についてヒアリング調査を行ってきている。ここでは、津波浸水被害を受けた仙台市立荒浜小学校の震災時対応を紹介する。筆者が6月17日(金)に仙台市立荒浜小学校の川村孝男校長を避難先である東宮城野小学校を訪ねてヒアリングを行った(写真1)。今後の学校と地域の連携による避難所運営などで参考になる対応事例として紹介する。 
 
 
 
*情報交流制度にお申し込みいただいた方には、当協会の月刊誌である「建築防災」をお配りしています。
 
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その他詳細につきましては、下記事務局までお問い合わせ下さい。
一般財団法人 日本建築防災協会 建築防災編集係
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