特集「建築災害調査体験記 その2」

月刊「建築防災」
No. 397 2011/2月号
特集「建築災害調査体験記 その2」
 
※執筆者名の後の( )内の数字はその記事のページ数を表す。
 
◆防災随想
◇天変地異と生物の進化・文明の発展/岡 健二(政策研究大学院大学教授)(2ページ)

 
◆特集「建築災害調査体験記 その2」
◇災害研究の回顧・千日デパート火災の解剖/高野公男((株)マヌ都市建築研究所所長(東北芸術工科大学名誉教授))(7ページ)

 千日デパート火災は、もう40年にもなる昔の出来事なので、詳細な調査資料は散逸し、記憶も段々薄れてきているが、日本の火災史を彩り防災技術の展開にエポックをつくった著名火災なので、筆者の体験を踏まえ、できるだけ当時の状況を再現・回顧し、記録としてここにとどめておきたい。
 
◇大洋デパート火災と避難行動調査/室崎益輝(関西学院大学総合政策学部 教授)(4ページ)
 私が防火の研究を志して、京都大学の堀内三郎先生のゼミに入ったのは、1969年の春である。堀内研に入ってすぐに、天六ガス爆発事故(1970)、寿司由楼火災(1971)、千日デパート火災(1972)、北陸トンネル列車火災(1973)と相次いで大きな火災が発生した。その北陸トンネルの火災から1週間後に、大洋デパート火災が発生することになる。
 
◇酒田大火(1976年)/平井邦彦(長岡造形大学名誉 教授 (財)山の暮らし再生機構副理事長)(4ページ)
 1970年代は、「大震火災対策」つまり大地震時の同時多発火災がもたらす都市大火からの人命確保対策を、国と東京都が強力に推し進めた10年であった。
 
◇川治プリンスホテル火災の避難行動調査をふり返って-時系列的な火災状況・避難行動シーケンス把握はなぜ可能となったか-/関沢 愛(東京理科大学大学院 教授)(6ページ)
 本火災は、国内のホテル火災としては戦後最大の死者45名という犠牲者を出した事例である。また、現在は制度がなくなっているが、旅館、ホテルなどで最近まで大変有効に機能した「適マーク表示制度」成立のきっかけとなった火災としても有名である。この火災では、多数の犠牲者を出した原因として、建築構造上、消防用設備上および避難誘導上の問題点などが多々指摘されているが、このうち避難誘導と避難経路の問題は、とりわけ人命安全と直接関係する要因となった。
 
◇ホテルニュージャパン火災(1982年)調査に参加して/沖塩荘一郎、塚田幹夫(東京理科大学)(5ページ)
 火災後、警察より東京理科大学火災科学研究所に本火災に関する鑑定依頼があった。筆者らは、当時東京理科大学工学部建築学科教員の立場で、この鑑定への協力を依頼された。筆者らの役割は、警察が本火災時に宿泊していた生存者259名、従業員および消火・救助活動に参加した消防隊員から聴取した調書をもとに、火災や在館者の避難の状況を調べることであった。
 
◇蔵王観光ホテル火災(1983年)調査に参加して/沖塩荘一郎、塚田幹夫(東京理科大学)(5ページ)
 火災後、警察より東京理科大学火災科学研究所に本火災に関する鑑定依頼があった。筆者らは、当時東京理科大学工学部建築学科教員の立場で、この鑑定への協力を依頼された。筆者らの役割は、警察が本火災時に宿泊していた生存者40名、従業員、および消火活動に参加した消防隊員から聴取した調書をもとに、火災や在館者の避難の状況を調べることであった。
 
 
 
*情報交流制度にお申し込みいただいた方には、当協会の月刊誌である「建築防災」をお配りしています。
 
—————————————————————————————————————————————————————————————————————————————–
 
その他詳細につきましては、下記事務局までお問い合わせ下さい。
一般財団法人 日本建築防災協会 建築防災編集係
東京都港区虎ノ門2-3-20 虎ノ門YHKビル
電話:03-5512-6453 FAX:03-5512-6455
mail:kenbokyo@kenchiku-bosai.or.jp
 

バックナンバー