(特集「20世紀の建築防災-災害と技術(15)」)

当協会の機関誌「建築防災」(月刊)の紹介
No.273 2000/10月号(特集「20世紀の建築防災-災害と技術(15)」)

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◆防災随想 見果てぬ夢/大内富夫(鹿島建設㈱技術研究所主管研究員)(1ページ)

◆特集「20世紀の建築防災-災害と技術(15)」
◇鉄筋コンクリート構造の耐震設計技術の発達/青山博之(東京大学名誉教授)(13ページ)
 鉄筋コンクリート(RC)構造における耐震設計技術は、最近20年ばかりの間に目覚しい発達を遂げた。その結果として出現したのが高層RC建物である。本稿は個々の耐震設計技術ではなく、それによって生まれてきた高層RC建物の発達や変化に的を絞って、平易な読み物風に記述したものである。

◇鉄骨造建物の変遷/平野道勝(東京理科大学嘱託教授)(7ページ)
 我が国で近年建築されている建物を構造別に見ると、最も多いのが鉄骨を用いたもの、すなわち、(鉄骨造)十(鉄骨鉄筋コンクリート造)である。これほど多くの鉄骨系建物が建設されている国は世界に類を見ないが、このような隆盛はここ4半世紀ほどの現象である。とかく発展・変遷というと先端技術が取上げられ勝ちであるが、この産業的隆盛をもたらしているのは、膨大な量のごく普通の建物である。ここでは、いわゆる市井の鉄骨造建物の変遷を、防災の観点もからめて概括してみる。

◇耐震構造に関連する技術・基準の変遷/石山祐二(北海道大学大学院工学研究科教授)(5ページ)
 我が国では古来から大地震に度々見舞われてきたにもかかわらず、地震や耐震について科学的研究が開始されたのは明治維新以後のことである。1880年横浜地震と地震学会の設立に始まり、耐震構造は大地震を契機として研究の発展、基準類の制定・強化がなされてきた。主なものは、1891年濃尾地震と震災予防調査会、1923年関東大地震と水平震度、1968年十勝沖地震と鉄筋コンクリート造柱のせん断補強筋の強化、1978年宮城県沖地震と新耐震設計法の施行、1995年兵庫県南部地震と既存建築物の耐震改修促進法や建築基準法の改正などである。ここでは、耐震構造に関するこのような事項やその背景と変遷について概観している。

◇火災調査の歴史-建築物の避難安全計画に果たしてきた役割-/北後明彦(神戸大学大学院自然科学研究科助教授)(13ページ)
 これまでの大きな火災現場をいくつも見てきた先輩の研究者は、「若い人達にとっては、火事がどんなものかという全体像を把握できるものが現状では無いように思うし、それと同時に、研究者(特に若手)は総合的な火災安全とは何かということが理解できていないように感じている。」(文献1)と述べられている。一度に多数の人が亡くなるような建物火災がここ何年か発生していない、あるいは発生したとしてもそんなに連続して起きていないという火災安全にとっては望ましい状況が、逆に火災安全を理解する上では困難な世代を生み出していることになる。

◆シリーズ「建築保全のための建築物調査の基礎知識⑤」
◇たて穴区画の重要性について/吉田克之(㈱竹中工務店設計部副部長)(5ページ)
 建物には階段や吹き抜け、あるいはエレベーター、エスカレーター、ダクト、ケーブルのシャフトなど、各階を縦に貫く「たて穴」が幾つもある。このたて穴に火災時の煙が侵入すると、煙の持つ浮力によって勢いよく上昇し、上階に拡大する。煙の危険性は今日ではよく知られているが、1960年代のたて穴区画の規定がない時代には、これを通じて煙が上階に拡大し、ほとんど燃えていない室内で死者が発生するという事故が多発した。それまで火災の犠牲者と言えば「焼死」であったが、この時期には「煙死」という言葉が生まれ、社会間題になったほどである。1969年から70年にかけて建築法令が改正され、たて穴の防火区画が規定されたため徐々にこのような事例は減少した。
 たて穴区画はこのように上階への煙の拡大を防止するという重要な役割を担っている。今回は火災事例を示しながらたて穴区画の危険性を理解いただき、定期調査の参考に供したい。

◆災害報告
◇平成12年5月24日関東北部で発生した降雹被害/奥田泰雄(建設省建築研究所第三研究部耐風研究室長)、伊藤弘(同 複合構造研究官)(4ページ)
 平成12年5月24日正午過ぎから午後1時頃にかけて、茨城県南部と千葉県北部で降電による被害が発生した。翌日の新聞・テレビでは、学校の窓ガラスが数多く割れた、利根川にかかる国道6号線大利根橋でトラックが転倒した、ゴルフ練習場の鉄柱が倒れた、農作物に大きな被害が発生した等、降電による被害と強風による被害が混在した報道がなされていた。そこで、建設省建築研究所では、現地での被害状況を詳細に調査し、どのような原因で被害が発生したのか検討を行った。ここでは、その被害概要と被害要因について報告する。

◆定期調査報告関係地域法人紹介コーナー
◇(財)和歌山県建築住宅防災センター/(財)和歌山県建築住宅防災センター(5ページ)
 本県は、先土器時代から人々が生活をはじめていたところで、古くから豊かな歴史を生み出してきました。神武東征の話でも重要な舞台となっており、藩政時代には徳川親藩として繁栄したところです。
 和歌山県は、本州のほぼ中央部紀伊半島の西南部に位置し、北、東は和泉山脈、紀伊山脈の山々が連なり、西は紀伊水道、南は黒潮あらう熊野灘に接し、その海岸線は、624㎞におよぶリアス式海岸で変化に富んで美しく、特に南部の海岸は、山裾が黒潮に洗われ橋抗岩をはじめとする奇岩一怪石が海中にそびえ立ち雄大な眺めとなっています。
 紀伊水道沿岸は、その地理的条件から紀伊水道を北上する台風により古くから幾多の高潮による被害を受け、また、地震による津波も「稲村の火」として有名な1854年の大津波をはじめ昭和21年の南海道大震などで大きな津波の被害を受けており地震と台風の多い全国有数の災害県であります。
 降水量は一般に冬に少なく夏に多い型で、最も多いのは、6月の梅雨期と9月の台風期で年間平均降水量は南部の沿岸部で2000㎜以上、南部の山間部南東斜面では4000㎜を超え全国でも降水量の極めて多い地域であります。

◆うごき
◇建築基準法による指定性能評価機関の評価対象項目(2ページ)

◆「建築防災」総目次(1991年1月~1992年12月)(5ページ)


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