(特集「阪神・淡路大震災で、変わったこと変わらなかったこと」)

月刊「建築防災」

No.264 2000/1月号(特集「阪神・淡路大震災で、変わったこと変わらなかったこと」)

◆ 防災随想 「消防総合プロジェクト」のスタート/渡辺剛英(自治省消防庁)(1ページ)

◆ 特集「阪神・淡路大震災で、変わったこと変わらなかったこと」

◇ まえがき/坂本功(東京大学教授)(1ページ)

気象庁震度階級と地震観測体制/石垣祐三(気象庁)(3ページ)
 阪神淡路大震災以降、気象庁が即時に発表する震度観測点は地方公共団体も含め約2,000点を超え、4月以降は約4,000点となる計画である。
 また、総理府に地震調査研究推進本部(本部長:科学技術庁長官)が設置され、地震観測点は約500点から約1,000点となる計画であり、順次気象庁で震源精度及び処理の高度化を進めている。これら以外にも活断層調査、GPS観測や強震観測の多点化、処理の高度化が進められている。
◇地震予知の来た道と今後について/坂田正治(科学技術庁)(3ページ)

 阪神・淡路大震災(以後震災と称する)が起きたのは、日本の地震予知研究計画が始まってちょうど30年が経過した頃であった。しかしこの計画は、時代の制約もあり、量・質ともに不十分で、まだ現実の地震の予知を行えるような段階には達していなかった。
 震災をきっかけに、より実効性のある本格的な地震予知研究計画ができると期待された。しかし、新しくできた地震調査研究推進本部(以後推本と称する)はしばらくは地震予知の言葉を避けてきた。結局は国民の大きな要望に逆らえず、最近は地震予知の重要性が述べられるようになってきた。省庁再編をきっかけにして、新たな発展を遂げることを期待する。

◇既存建築物に対する国の取り組み/鈴木恵子(建設省)(2ページ)
 阪神・淡路大震災を契機に、既存建築物の防災対策の中で耐震性の向上が重要な位置を占めるようになってきた。法律としては、耐震改修促進法が制定され、既存建築物の耐震改修を促進する制度ができた。これに付随して国や地方公共団体で各種助成制度が拡充・創設され、耐震診断や改修をバックアップする体制が整ってきている。
 また、阪神・淡路大震災では、初めて大規模に多数の建築技術者による「被災建築物応急危険度判定」が実施された。その後「全国被災建築物応急危険度判定協議会」を中心として継続的な実施体制の整備が行われており、訓練を受けた專門技術者の組織的ボランティア活動の確立として大変意義深い。

◇防災都市計画と密集市街地/中林一樹(東京都立大学教授)(3ページ)
 まぎれもなく現代の都市型地震災害であった阪神・淡路大震災。その被害には、わが国の現代都市の脆弱性の諸相が浮き彫りにされた。初動対応時の情報問題、ライフライン等の巨大システムの課題、仮設住宅などの被災者対応の課題など、地域防災計画に関連する多くの課題が指摘されてきた。都市計画の分野に限っても、①都市インフラの構造的脆弱性、②都市インフラのシステム的代替性(リダンダンシー)の不足、③都市構造を構成する骨格的オープンスペースの不足。④既存不適格建築物が多く老朽化した建物も多い木造住宅密集市街地の脆弱性、⑤高齢化した都市社会の脆弱性などの都市防災的課題が示されたが、一方で、⑥土地区画整理などの都市計画事業施行区域での被害の相対的軽減、⑦住民参加のまちづくり事業(活動)の防災的効用、⑧気侯条件等によっては小規模火災に留まる市街地(不燃化)状況など、事前の都市計画的取り組みが改めて評価された面もある。

◇阪神・淡路大震災を踏まえた消防の対応/渡辺剛英(自治省消防庁)(3ページ)
 阪神・淡路大震災においては、非常に大きな人的・物的被害を生ずるとともに、従来想定されていなかったような事態も発生したことから、関係法令、財政措置、防災体制など震災対策全般について見直しが図られました。
 このような取組のうち、本稿では、阪神・淡路大震災を踏まえた消防の対応について、概要をご紹介したいと思います。

◇阪神・淡路大震災と地震保険/大門文男(損害保険料率算定会)(3ページ)
 わが国の地震保険は、住宅を対象とした家計地震保険(一般にこれを地震保険という)と、事務所や工場などを対象とした企業地震保険の2種類がある。ここでは前者の地震保険に対する阪神・淡路大震災の影響について述べる。
 わが国は地震国でありながら、地震保険の創設に向けて明治以降何度か検討されたが、なかなか実現には至らなかった。その主な理由は、ひとたび大地震が発生すると巨額な損害が発生する可能性があり、保険会社だけでは対応できないためであった。1964年に発生した新潟地震がきっかけとなり、1966年に「地震保険に関する法律」が制定され、国が地震保険をバックアッブする(国が再保険を引き受け、地震災害が発生した場合に国も一定割合の責任を分担し保険金を支払う)ことで、地震保険が誕生した。

◇既存建築物の耐震診断・改修のあゆみと実績/今泉晋((財)日本建築防災協会)(4ページ)
 1995年の兵庫県南部地震による被害状況を目の当たりにし、耐震性能の低い建築物が倒壊・大破することが現実として人々に強く意識されるようになった。
 既存建築物の耐震診断基準・改修設計指針は1970年代後半に開発され(1990年改訂)、1981年の新耐震設計法以前の基準で設計された建築物の増築の際や避難施設として使われる公共建築物等の耐震性能の確認などに使われ、普及しつつあった。さらに兵庫県南部地震をきっかけに既存建築物の耐震改修の推進が重要であることが強く認識された。耐震診断基準・改修設計指針が既に開発・実用されていたので、このような要請に対しても技術的対応をすることが可能であった。これらの技術的裏付けもあったので1995年10月に「建築物の耐震改修の促進に関する法律」(略称「耐震改修促進法」)が制定され、耐震診断・改修の件数が飛躍的に増加した。

◇阪神淡路大震災は免震制震にどんな影響を与えたか/多田英之(日本免震研究センター)(3ページ)
 「甚大な被害を目の当たりにし、今あらためて耐震設計の妥当性が論議されている。大きな被害を受けた建物のすぐ近くに何事もなかったようにほとんど無被害の建物が建っていたり、今まで見られなかった接合部の損傷が発見されたり。地震は今後の検討課題の材料を数多く残した。兵庫県南部地震が突きつけた問題を解決するためには、建物の安全性向上という命題に真摯に取り組める環境を作る必要がある」
 私は97年8月に出版した「4秒免震への道一免震構造設計マニュアルー」(理工図書)の序章で、阪神淡路大震災にふれ、こう書き記している。地震から5年、上の文章を感慨を込めて書いた日から早3年の月日が流れた今、「震災を機に、免震の本当の姿が世の中に広く理解されるようになったか」と考えたとき、私は悲観的にならざるを得ない。

◇連続繊維による耐震改修/小畠克朗(繊維補修補強協会)(3ページ)
 既存建築物の耐震改修に用いられている連続繊維は炭素繊維とアラミド繊維で、代表的な例は柱の耐震補強である。この補強は、既存柱に連続繊維を巻き付けることによって、既存建築物の耐震性能を向上させるものである。この工法が阪神淡路大震災を契機として注目され、災害復旧や既存不適格構造物の補強に採用された結果、連続繊維の使用量が急増したこと、連続繊維を用いた耐震補強に関する当協会の技術評価の取得が急増したこと、当協会から「連続繊維を用いた耐震改修設計施工指針」が発行されたこと、およびこの指針に対応して新しい「繊維補修補強協会(略称FiRSt)が設立されたこと等が、阪神淡路大震災以降変わったことである。

◇あと施工アンカー/岩田和典((社)日本建築あと施工アンカー協会)(4ページ)
 当協会は、阪神淡路大震災発生の約1年前の平成5年12月27日建設大臣の許可を得て設立されましたので、協会の歩みは、即、大震災発生後の「あと施工アンカー」の動向を示すものとして記述します。
 当協会の事業活動目的である、あと施工アンカーの「安全性の確保」と「良質な製品供給」に寄与する事業活動の現況をご報告して、協会活動にご理解を頂き、益々のご支援ご協力をお願いします。
 併せて、あと施工アンカーを適格に施工する認定資格保有者、並びに協会活動に熱心に取組んでいる施工業会員や会員製品のご活用、ご使用をお願いします。
 即応性ある、優れた建設資材である「あと施工アンカー」が、躯体の補強等の「接合資材」や、設備・機材等の「取り付け資材」として、益々重要されることを期念しています。

◇阪神・淡路大震災後の戸建住宅市場及び構法の変化/松村秀一(東京大学教授)(2ページ)
 阪神・淡路大震災では、多くの戸建住宅が少なからぬ被害を受けた。本稿では、その影響を受けて、1995年以降これまでの間、戸建住宅の構法及び市場の構成がどのように変化してきたかを振り返ってみる。
 主な視点は以下の通りである。
 ①各種の主体構造の構法毎に、その後の市場占有率がどの様に変わったか。
 ②最も大きな打撃を受けた木造軸組構法の生産者は、どの様に市場での信頼回復を図ってきたか。
 ③また同構法にその後顕著な変化は見られたか。

◇木造住宅の耐震安全性確保-在来軸組構法住宅における接合部について-/宮村雅史(建設省建築研究所)(3ページ)
 兵庫県南部地震の被害調査によると、調査対象となった倒壊及び大破した在来軸組構法住宅のほとんどが接合金物を使用していないことが分かった。
 在来軸組構法住宅は、一般に設計の自由度が大きく、さらに接合部の施工の良否が建物の耐震性に対して大きく影響を及ぼす。接合部は、単に接合金物があれば良いということではなく、それぞれの接合部位に適した接合法が必要である。
 建築学会や公庫仕様・参考図などに示す接合法やZマーク表示金物同等認定品を使用した接合法は、住宅の耐震性を確保するための有効な手段となり得る。
 筆者らが平成8年に実施した調査においても、在来軸組構法住宅に使用される接合金物や接合具は、建築時期、接合部位及び地域等により異なることや、これらが各接合部位に適合していない例があることが判明している。
 筋かい端部の接合は、耐震性を確保する上で重要であるが、現在においても接合金物が使用されず、筋かい中央部の間柱の留付けも無いことがある。こうした事例は、兵庫県南部地震後の神戸市近郊の新築工事でも依然として散見される。本稿では、これらの解決策等について概説する。

◇お任せ設計から耐震メニューへの転換/濱田信義(濱田防災計画研究室)(2ページ)
 阪神・淡路大震災を契機として、多くの設計組織において耐震設計のあり方が見直され、建築主の理解と判断のもとにグレードを設定するための「耐震メニュー」が提示されるようになった。さらに、法令の性能規定化に伴って耐震設計も「性能設計」に移りつつあり、「専門家にお任せ」という時代は終ったかに見える。しかしこの転換が本当に実を結ぶか否かは、耐震設計に関わる設計者の今後にかかっていると思われる。

◇地震防災対策-阪神・淡路大震災の教訓を活かして-/冨永真人(三菱地所(株))(3ページ)
 当社は現在ビル賃貸部門、不動産販売部門、設計監理部門の3部門を柱として、街づくりの様々な場面で事業展開を図っているが、その原点は東京・丸の内でのオフイスビル造りであり、創業以来100年余に亘りこのビジネスセンターの整備拡充に努めている。
 地震対策に注力する機会となったのは、大正12年(1926年)の関東大震災であり、その際当社の従業員も含め官民一体となり丸の内の復旧作業に当たった経験が地震対策の重要性を認識させたと言える。
 その後昭和53年(1978年)の宮城沖地震、大規模地震対策特別措置法を踏まえ、昭和56年には当社独自の「災害対策要綱」を策定実施してきたが、平成7年(1995年)に発生した阪神淡路大震災は、当社事業所に甚大な被害こそ与えなかったものの、それまでの防災各界の常識(予測)をはるかに上回るものであった為、従来の防災対策を早急に見直さねばならなかった。
 巨大地震からテナントや自社従業員の生命・資産を保護し、業務機能を可能な限り早期に回復させ事業への影響を最小に留めることこそ、当社の災害対策の基本であるが、本稿では先の震災を教訓として、実際に何を変更・追加したのか詳細に述べることとする。

◇耐震補強工事を実施してみて/河部誠(日本生命保険相互会社)(3ページ)
 早いものであの大地震から5年が経過しようとしている。当社では地震直後から耐震対策の検討を開始し、基準に満たない旧耐震ビル100棟強を、大凡10年で対策を終えるマスター計画を策定した。現在約40%が工事完了、若しくは工事中であり、更に次の計画物件の準備を行っている。
 当初、補強工事を行うに当り、当該階は空室にする予定であったが、移転先の確保、その費用負担、長時間を要する等の問題があり、マスター計画に添って実施するには無理があることから、ユーザーがビルを使用している状態で工事を行うことにした。様々な問題が危倶されたが、ユーザーの耐震対策工事に対する理解もあり、一つ一つ解決しながら進めてきた。
 ここでは、実務を通して経験した一端を御紹介したい。

◇阪神淡路大震災で放送は変わったのか?/藤吉洋一郎(NHK)(3ページ)
 阪神淡路大震災で放送局は情報の収集と伝達の両面で平常時にはない問題に遭遇した。県や市町村あるいは警察や消防など行政や防災機関のどこにも情報が集まっていないとき、放送局はどうすれば被害情報を集めることができるのだろうか?また、安否情報や生活情報など災害の次の段階で、急速に二一ズが拡大する膨大な情報をどう取捨選択して、被災者に伝えればいいのだろうか?阪神大震災で放送は変わったのだろうか?

◇宝塚市における震災復興再開発への取組み/菅政男(宝塚市)(6ページ)
 阪神・淡路大震災によって宝塚市内では117名の方が犠牲となり全世帯の6割が被災し、市内の3つの駅前地区では再開発手法によって復興が図られた。
 復興再開発のなかで先頭をきって1999年10月にオープンした売布神社駅前再開発ビル(施行者、都市基盤整備公団)2棟は、地震から4年9ヵ月という異例のスピードで完成した。地元、公団、市が三位一体となり、第2種事業の特徴を生かしつつ、組合施行的な運営を取り入れてきたことが、結果として早期完成につながった。
 この事業は、地震で大打撃を受け、かつ長引く不況の中で進められた。地震を契機に高められた互助精神や事業遂行過程で発揮された地元の地道な協同化気運が継承され、新しいまち「ピピアめふ」が地域の核として賑わうまちとなって蘇ることを心から願っている。

◆ぼうさいさろん
◇姫路城の火災対策について/神忠久((財)日本消防設備安全センター)(6ページ)
 国宝・姫路城は、日本の城の中でも別名、白鷺城の名のとおり優美な城として親しまれている。平成5年12月にはユネスコの世界文化遺産に法隆寺地域の仏教建造物とともに日本で初めて登録されている。


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